セメント瓦
セメント瓦なんて知らない?実は昔から身近にある屋根材です。
「セメント瓦」と聞いて、どんな屋根材なのかすぐに思い浮かぶ人は、現在では少ないかもしれません。
しかし、セメント瓦は戦後の住宅建設を支え、日本の屋根に広く使われてきた屋根材のひとつです。
特に昭和の時代に建てられた住宅では、陶器瓦によく似た形のセメント瓦や、洋風住宅に使われた平板形状のセメント瓦を見ることができます。
現在では新築住宅に使われることがほとんどなくなったセメント瓦ですが、その歴史をたどると、日本の住宅や屋根材がどのように変化してきたのかが見えてきます。
今回は、セメント瓦とはどのような屋根材なのか、その歴史や特徴、代表的な製品であるモニエル瓦、そしてなぜ使われなくなったのかを屋根技術者の視点から解説します。
1.セメント瓦とはどんな屋根材なのか
セメント瓦は、セメントと砂などを主原料として成形し、表面を塗装して仕上げた屋根材です。
粘土を高温で焼いてつくる陶器瓦とは異なり、セメントを固めて製造します。
JIS規格では「厚形スレート」と呼ばれ、JIS A 5402で規格化されていました。
かつてのセメント瓦には、陶器製の和瓦によく似た形状の製品が数多くありました。
セメントを型に入れて成形するため寸法精度を確保しやすく、陶器瓦より安価に大量生産できたことが大きな特徴でした。
そのため、陶器瓦の代替となる比較的安価な屋根材として普及していきます。
ただし、焼き物である陶器瓦とは大きく異なる点があります。
それが、表面の色です。
陶器瓦は釉薬などを焼き付けることで表面に色を付けますが、セメント瓦は基材そのものに耐候性のある色が付いているわけではなく、基本的には表面を塗装することで色彩や表面保護性能を持たせています。
この違いは、セメント瓦のメンテナンスや耐用年数を考えるうえで重要なポイントになります。
2.戦後の住宅建設を支えたセメント瓦
日本におけるセメント瓦の歴史は古く、大正時代にドイツから技術が伝わり、国内での製造が始まったとされています。
その後、セメント瓦が大きく普及したのが、戦後の復興期から高度経済成長期にかけてです。
戦後の日本では、大量の住宅を短期間で建設する必要がありました。
住宅を建てれば、当然その数だけ屋根材も必要になります。
当時、屋根材の中心だった陶器瓦に対して、比較的安価に製造でき、寸法精度にも優れていたセメント瓦は、住宅建設の拡大に適した屋根材でした。
特に陶器製の和瓦に似たセメント瓦は、従来の日本住宅の外観を大きく変えることなく使用できたため、全国に普及していきます。
ところが、その後、陶器瓦の生産技術が進歩します。
製造設備の近代化によって陶器瓦の生産性や品質、寸法精度が向上すると、価格や施工性におけるセメント瓦の優位性は次第に小さくなっていきました。
さらに平成に入ると、住宅デザインの変化などから伝統的な和瓦そのものの需要が減少します。
「和瓦の安価な代替品」という位置にあったセメント瓦も、その影響を受けて急速に市場を縮小していきました。
3.住宅の洋風化とモニエル瓦
一方、昭和後期になると、セメント瓦には新しい流れが生まれます。
プレハブ住宅メーカーが成長し、住宅を工業的に大量生産する時代になると、屋根にも従来の和瓦とは異なる洋風のデザインが求められるようになりました。
1970年代には、化粧スレートを製造していたクボタや松下電工などが洋風のセメント瓦を開発します。
その代表的な屋根材のひとつが「モニエル瓦」です。
1973年、オーストラリアのモニエル社とクボタの共同出資によって日本モニエル社が設立されました。
モニエル瓦は、従来のセメント瓦とは異なり、セメントと砂を高密度で押出成形する製造方法を採用していたことから、「コンクリート瓦」と呼ばれ、一般的なセメント瓦と区別されることもあります。
モニエル瓦が画期的だったのは、製造方法だけではありません。
従来の和瓦では、屋根の寸法に合わせて瓦の割付を調整する「瓦割り」が必要でした。
これに対してモニエル瓦は、瓦割りを必要としない施工方法と洋風のデザインを採用しました。
これは、住宅を設計し、工場で部材を生産し、現場で効率よく組み立てるプレハブ住宅との相性が良いものでした。
そのため大手ハウスメーカーにも採用され、洋風住宅の普及とともに販売を伸ばしていきます。
写真は、日本モニエルがラファージュルーフィングに社名を変更した後に販売されていた製品です。陶器製平板瓦と見分けるのが難しいほど、フラットでシャープな意匠になっています。
4.なぜセメント瓦は使われなくなったのか
セメント瓦が衰退した理由を単純に「性能が悪かったから」と考えるのは適切ではありません。
むしろ、セメント瓦が持っていた長所を、より耐久性の高い屋根材が取り込んでいったと考えた方が、その歴史を理解しやすいでしょう。
その代表が、陶器製の平板瓦です。
陶器瓦メーカーは、モニエル瓦などが持っていた洋風のデザインや施工性の良さを取り入れながら、焼き物である陶器瓦の高い耐久性を組み合わせた平板瓦を開発しました。
洋風のデザイン。
寸法精度の高さ。
瓦割りを必要としない施工方法。
そして陶器瓦ならではの高い耐久性。
こうした特徴を持つ陶器製平板瓦が普及すると、モニエル瓦をはじめとするセメント系の洋風瓦は、次第に市場シェアを失っていきました。
写真は、日本モニエルがラファージュルーフィングに社名を変更した後に販売されていた製品です。
表面の塗膜が劣化している状況が写真でもわかると思います。
日本モニエル社も、その後の海外モニエルグループの再編に伴う社名変更などを経て、販売不振が続き、2010年に日本市場から撤退しました。
現在、新築住宅でセメント瓦を見ることはほとんどありません。
しかし、屋根材の歴史という視点から見ると、モニエル瓦の存在には大きな意味があります。
現在では一般的になった陶器製平板瓦のデザインや施工方法の発展に、モニエル瓦をはじめとする洋風セメント瓦が大きな影響を与えたからです。
現在の屋根材につながる技術のバトンを渡した屋根材、といえるかもしれません。
5.まとめ|セメント瓦は日本の住宅の変化を映した屋根材
セメント瓦について、今回のポイントをまとめます。
- セメント瓦は、セメントと砂などを主原料として成形し、表面を塗装した屋根材
- 日本では大正時代から製造され、戦後の復興期から高度経済成長期に広く普及した
- 陶器瓦より安価で寸法精度が高く、和瓦の代替品として多くの住宅に使われた
- 住宅の洋風化と工業化に伴い、モニエル瓦などの洋風セメント瓦が普及した
- 陶器製平板瓦が、洋風デザインや施工性と陶器瓦の耐久性を両立したことで、セメント瓦は次第に市場を失った
- セメント瓦は表面を塗装して彩色・保護する屋根材であり、塗装を含めた維持管理を考える必要がある
セメント瓦の歴史を振り返ると、屋根材は単に「耐久性が高いものだけが生き残る」わけではないことが分かります。
価格、製造方法、施工性、住宅デザイン、住宅生産の方法など、時代によって求められる条件が変わり、それに合わせて屋根材も進化してきました。
セメント瓦は、戦後の住宅不足を支え、住宅の洋風化や工業化にも対応しながら、日本の屋根を長い間支えてきました。
そしてモニエル瓦などで生まれた屋根材の考え方の一部は、現在の陶器製平板瓦へと受け継がれています。
屋根材そのものは市場からほぼ姿を消しても、その技術や考え方まで消えたわけではありません。
次のコラムでは、「アスファルトシングル」について解説します。
日本ではあまり聞きなれない屋根材ですが、実は長い歴史を持つ屋根材です。その特徴をできるだけわかりやすく解説します。
