優雅さを表現する檜皮葺が生まれた平安時代
〜平安時代に生まれた優美な屋根〜
奈良時代には東大寺に代表される巨大な瓦屋根が建設されました。瓦屋根は国家権力や仏教の権威を象徴する最先端の建築技術だったのです。
しかし平安時代になると、都は平城京から平安京へ移り、貴族文化が大きく発展します。
建築に求められる価値も「権威の表現」から「美しさの表現」へと変化していきました。
その変化を象徴するのが、「檜皮葺(ひわだぶき)」です。
今回は平安時代の屋根について、寝殿造や平等院鳳凰堂を例にしながら、屋根技術者の視点で解説します。
1.平安時代の貴族文化が檜皮葺を生んだ
794年、桓武天皇によって平安京への遷都が行われました。
その後、藤原氏による摂関政治が発展し、日本独自の貴族文化が花開きます。
文学では『源氏物語』や『枕草子』が生まれ、建築にも日本独自の美意識が反映されるようになりました。
飛鳥時代や奈良時代の建築が国家や宗教のための建築だったとすれば、平安時代の建築は人々が美しさを楽しむための建築へと変化した時代だったと言えるでしょう。
その優美な檜皮葺は、瓦屋根にはない柔らかな曲線を作ることができます。
瓦屋根が重厚さや力強さを感じさせるのに対し、檜皮葺は軽やかで優雅な印象を与えます。
同じ屋根でも、時代によって求められる価値が大きく変化したことが分かります。
檜皮葺は、ヒノキの樹皮を何層にも重ねながら屋根を作る日本独自の伝統工法です。
奈良時代から平安時代にかけて発展し、神社や寺院、貴族の住宅など格式の高い建築物に用いられてきました。
下の図は、檜皮葺(ひわだぶき)の施工方法をあらわしたものです。
先ず檜皮を採取します。
樹齢80年以上の檜から外皮をはぎ取り、はぎ取った皮を束ね、保管・乾燥を経て次の加工工程に進みます。
乾燥させた皮を檜皮包丁という刃物を使い所定の厚みに整え、長さ75cmの平皮にします。
平皮を軒先から棟方向に向けて4分(12mm)間隔で重ねて竹釘で留め付けながら葺き上げます。
竹釘は錆びることがなく、柔軟性があるため、檜皮を傷めにくいという特徴があります。
施工後は次の檜皮で竹釘が隠れるため、完成した屋根から竹釘を見ることはできません。
こうして何層にも重ねられた檜皮は、雨水の侵入を防ぐと同時に、美しい曲線を生み出します。
瓦屋根のような直線的な印象とは異なり、柔らかく優雅な屋根の表情を作り出せることが檜皮葺の大きな魅力なのです。
2.国家権力の瓦屋根と貴族文化の檜皮葺を比較する
奈良時代を象徴する東大寺大仏殿の屋根には巨大な瓦が使われました。
巨大な寺院に巨大な瓦を葺くことは、国家の力そのものを示す意味がありました。
瓦は厚みがあり、立体的な形状なので屋根の上でボリューム感があります。
一方、平安時代の貴族たちが好んだのは檜皮葺です。
檜皮葺はヒノキの樹皮を何重にも重ねて施工する伝統的な屋根工法で、瓦屋根にはない柔らかな曲線を作ることができます。
このデザインの違いが良く分かる歴史的な屋根があります。
三重県津市にある専修寺です。
写真は専修寺の門に葺かれている檜皮葺の唐破風です。
軽やかで優美な曲線が檜皮葺によって造形されています。
一方、専修寺の御影堂にある唐破風は瓦葺きの唐破風です。
瓦屋根の唐破風は、重厚感があり力強さを感じさせます。
奈良時代の国家権力を象徴させるのに瓦屋根が最適であり、平安時代の優雅な美しさを作り出すには檜皮葺屋根が最適だったのです。
東大寺が国家の威厳を表現した屋根だとすれば、平安時代の檜皮葺は人々の美意識を表現した屋根だったのです。
奈良時代から平安時代に変わり、屋根に求められる価値が大きく変化したことが分かります。
ちなみに、この唐破風ですが、日本独自で発達した建築様式で、平安時代に貴族の乗り物(牛車)の屋根に用いられたのが起源とされています。
その後、社寺建築、城郭、御殿の象徴として多くの建築で使われています。
3.寝殿造が生み出した日本建築の原型
平安時代の貴族住宅を代表する建築様式が寝殿造です。
寝殿造は中央の寝殿と左右の対屋を渡り廊下で結び、その前に広い庭園や池を配置する構成を特徴としています。
また、深い軒を持つことも大きな特徴です。
深い軒は夏の日差しを遮りながら風を取り込み、雨から建物を守る役割を果たしていました。
寝殿造りの庭園の池には自然の美しさをあらわす意味もありましたが、京都の蒸し暑い夏の暑さを和らげ涼しさを取り入れるための実用的な意味もありました。
寝殿造りの中心である「寝殿」は南向きに建てられ、その南側に池が配置されていました。
南から吹く風が池の水面を渡る際、水が蒸発するときの気化熱によって風の温度が下がり、池の上を通って冷やされた心地よい南風が夏の暑さを和らげる機能を果たしていたのです。
現在の住宅で採用されている軒の役割や通風による暑さ対策を行うパッシブデザインの考え方は、実は平安時代の寝殿造にも見ることができます。
4.平等院鳳凰堂に見る平安時代の美意識
平安時代を代表する建築として有名なのが平等院鳳凰堂です。
平等院はもともと藤原道長の別荘でしたが、その子である藤原頼通が寺院として整備し、1053年に鳳凰堂が建立されました。
現在の鳳凰堂は瓦屋根ですが、創建当初の屋根は檜皮葺だったと考えられています。
この写真は、京都に住んでいる友人から提供してもらった2018年の平等院鳳凰堂です。
入母屋の反りが美しい瓦屋根です。
もし私たちが平安時代にタイムスリップして鳳凰堂を見ることができたなら、どんな鳳凰堂だったのでしょうか?
檜皮葺の平等院鳳凰堂のCGです。
特に隅棟が曲面で繋がることにより、すっきりして優しいイメージになります。
檜皮葺の柔らかな曲線が描く屋根は、平等院鳳凰堂を今よりも軽やかで優美な姿に変えていたに違いありません。
5.まとめ:平安時代は「美しさ」を追求した屋根の時代
今回のコラムのポイントは次です。
平安時代の屋根に求められる価値は権威から美しさへと変化
権威の象徴の瓦葺きに対し檜皮葺は優雅
平安時代の屋根は優美な檜皮葺が好まれた
寝殿造は暑さ対策を行うパッシブデザイン
平安時代の人々は、屋根を単なる雨よけとしてではなく、美しさや精神性を表現する重要な要素として考えていたのです。
現代の私たちが屋根を選ぶ際にも、性能だけでなく意匠や住まいとの調和を考えることが大切です。
平安時代の屋根には、今もなお日本建築の美しさの原点が息づいています。
これからも、この屋根コラムで後悔しない屋根材選びをするために、日本の屋根の歴史や技術、そして未来について、出来るだけ分かりやすく発信していきたいと思います。
