台風でも飛ばない瓦屋根開発プロジェクト
〜開発者が自ら語る開発物語〜
1.はじめに
今回のコラムは台風から家を守る屋根の(特別編)として筆者の私が台風でも飛ばない瓦をどのように開発したのかを書きたいと思います。
台風から家を守る屋根(前編)では、「てこの原理」という弱点から瓦屋根が飛散してしまう理由を書きました。
今回のコラムでは「てこの原理」という弱点をどのように解決したのか「防災平板瓦」の着想から発明、開発までのストーリーを書きたいと思います。
先ず、防災平板瓦を開発した1998年頃の瓦業界の状況からお話しします。
当時の瓦業界は「製・販・工」という体系がまだ残っていました。
瓦を製造する瓦メーカー、瓦を販売する瓦問屋、瓦を工事する瓦工事店が役割分担をし、お互いのテリトリーは侵さないという状況でしたので、瓦メーカーは、安くて品質の良い製品を作るだけの存在でした。
そんな背景の中での製品開発はとても厳しいものでした。
2.瓦業界の常識はハウスメーカーの非常識
瓦業界ではそんな古い体質の役割分担がまだ残っていましたが、ハウスメーカーは既に違った見方をしていました。
全国に住宅を販売するハウスメーカーは、全国で統一した施工仕様や製品保証が必要でしたので瓦屋根としての性能については工事店ではなく瓦メーカーと話しをしたがっていたのです。
そんな状況の中、1998年の台風7号と台風10号という2つの大型台風が中部地区を襲いました。
当時は、屋根の周辺部は全数釘打ち、平部は1段おきに釘打ちという仕様が多く、今思えば圧倒的に屋根への固定力が足りていない状況だったので、台風の通り道の物件はものの見事に飛散してしまいました。
瓦業界では、台風がきたら瓦は飛ぶものだと平気で思っていましたので、台風が来ると仕事が増えるぐらいの感覚でいましたし、瓦メーカーも瓦が売れるチャンスだと思っていました。
しかし、ハウスメーカーは台風が来ても屋根材が飛ばないのは当たり前で屋根材が飛んだら一大事と考えていました。
ハウスメーカーは、台風でも飛ばない瓦を求めていたのです。
当時の瓦業界の常識は、ハウスメーカーの非常識だったのです。
3.目からうろこの耐風性能試験
私は当時、製造技術部門から営業系の部門に異動して製品開発の部署を立ち上げたところでした。
また、製品開発業務と同時に大手ハウスメーカーの本社採用における技術担当として製品仕様、施工仕様、屋根材性能などを決める担当もしていました。
そんな関係で、ハウスメーカーから台風被害に対する施工仕様変更の対応を迫られていました。
会社からの指示は、1段置きの釘打ちを全数釘打ちに仕様変更することで対応をするように言われていました。
ちなみに、当時は施工仕様の変更を瓦メーカーが口出しするのはご法度だったので、工事店が主張していた1段置きの釘打ちを千鳥釘打ちに仕様変更するというのが大勢を占めていました。
しかし、大手ハウスメーカーからは瓦業界の都合や工事店の都合は関係なく、施工仕様変更における技術的根拠を求められます。
そこで私は瓦の耐風性能を定量的に測定する為に、初めて瓦の耐風性能試験を行ったのです
当時は、公的試験機関にも瓦の耐風性能を測定する試験機は無く、試験方法の調査から行いました。
勿論、会社においては初めて行う試験でした。
はじめに1段置き釘打ち仕様で耐風性能試験をすると、当然釘打ちしていない瓦から簡単に浮き上がりました。
続いて全数釘打ち仕様で試験をすると、これまた簡単に瓦が浮き上がるじゃないですか!
全数釘打ちにもかかわらず、まるで固定されていないかのようにスゥーっと瓦が持ち上がるのです。
「てこの原理」で釘の固定耐力が下げられ、簡単に手で持ち上がる程度の耐力しか出ていなかったのでした。
「てこの原理」とは、屋根材の端部を支点として風の力で浮き上がる現象です。
平板瓦で作用するモーメント力は下図を参照にしてください。
図の関係から、支点からの距離が近い作用点2の釘の固定耐力は、支点から遠い作用点1の風圧力に対して、距離の比から9㎜/196㎜となり、作用点1の風圧力は作用点2の釘の固定耐力の0.046倍となります。
約50kgfの釘の耐力があっても、作用点1にかかる風圧力に対しては1/20となる2.3kgfの固定耐力に下がってしまうのです。
つまり、釘の力はほとんど風の力に対抗できていない状態になっていたのです。
※モーメント力についての詳しい説明は、台風から家を守る屋根(前編)に記載していますので、読んでいない方は是非この記事もお読みください。
目からうろこが落ちたこの耐風性能試験はとても有意義なものでしたが、技術者として、瓦の固定性能が足りていない改善仕様の試験結果報告を作成するのは気持ち的に大変でした。
建築基準法で当時、屋根への固定耐力が規定化されていたのは、建設省告示第109号でしたが、その告示で求められている固定耐力に対して平板瓦の全数釘打ち仕様は全然性能値が足りていない結果だったのです。
4.社内は敵だらけ
大手ハウスメーカーには、施工仕様変更の内容を説明し、私が出来る最大限の提案は、全数釘打ち仕様しかないことを伝えました。
技術的根拠となる耐風性能試験の結果を説明するのは、技術者の私にとっては非常につらいものでした。
大手ハウスメーカーの施工仕様を全数釘打ち仕様への変更で手を打ってもらい、大阪から名古屋に戻る新幹線の中で私は考えました。
施工を変えないで求められる耐風性能を発揮する瓦は出来ないかと
そんな時、急にアイデアがひらめきました。
それは、てこの原理が働かない屋根への固定方法を取り入れた製品の発明の瞬間でした。
翌朝、出社してすぐにCADでアイデアを図面化しました。防災平板瓦の製品開発のスタートです。
すぐに開発のドキュメントを作成し、社内の製品開発の会議であるデザインレビューを行ったところ、誰一人、賛成してくれる人はいませんでした。
開発会議は、まるで私一人を否定するための場のようでした。
製造からはそんな非常識な物は作れない、営業からはそんなものは施工現場で割れてしまう、と誰一人賛成してくれる人はいませんでした。
人は、未知なこと、未知なものに対して先ず拒否反応を示すのです。
古い体質の瓦業界なので、その拒否反応はなおさらでした。
ただ、私は技術屋として、開発者として、諦める気になりませんでした。
私が諦めたら、この製品は世の中に生まれない。この製品は絶対に世の中に必要なものだと思ったからです。
今思うと四面楚歌の状況で良く諦めなかったなぁと思います。きっとその時に自分の中の開発者魂に火がついたのだと思います。
てこの原理の弱点は支点と作用点の距離の遠さだったので、この発明では支点の近くに作用点3を追加することでてこの原理を無くす発明になります。
下の図を参照してください。
作用点3を作用点2とほぼ同じ位置に設けることで釘の固定耐力を伝える作用点2の力をそのまま作用点3に伝えることによって、てこの原理を無くす発想です。
従来の瓦は片持ち構造の固定構造でしたが作用点3を追加することで軒先側の固定が出来るようになり両端固定構造になることで台風でも飛ばない瓦を発明することが出来たのです。
5.64時間の激闘はハッピーエンディング
デザインレビューでの全部門による全員反対のあと、社内では表立って開発が出来なくなりました。そのため私はアンダーグラウンドで開発を続けることにしました。
この製品開発は、製造技術の改善と設備装置の技術開発を同時に行う必要がありました。
下の写真を参照してください。
瓦の成形は上下方向に圧力をかけて成形する方式なので、かぎ状のフックは通常の金型では成形出来ない形状です。
なので、当時、設備系の部署で設備の修理などを行っていた別部署の相棒の協力を得て、二人で金型の改造を行いました。
金型にエアーシリンダーで水平方向に動作するピンを付けた金型を考え、エアーシリンダー方式の金型を既存金型の改造により作りました。
稼働が止まっている工場に改造した金型を付けて手動で成形し、試作を繰り返しました。 季節が変わり、やっとまともな試作品が出来た段階で、当時の社長に直談判で試作品を持っていったところ、社長から鶴の一声で全社を挙げて製品開発するようにと指示が出ました。
この社長の一声で製品開発のスピードが一気に上がりました。
ただ、その時に別の大きな宿題も貰いました。
焼成方法の変更です。
当時の平板瓦は焼成治具を使い平置きした状態で焼成する方式だったのですが、その焼成方式を焼成治具を使わずに自立で焼成するように指示を受けたのです。
この焼成方式は燃費効率や生産性を大きく改善する革命的なものでした。
社長から貰った宿題は、休止している製造ラインを改造して、新製品である防災平板瓦を新たな自立焼成方式で専用生産ラインにするというプロジェクトでした。
そして、このプロジェクトを成功させるためには、平板瓦の自立面を平滑にする装置を自社だけで開発し、かつ、垂直に自立させて焼成する技術開発が必要でした。
製品は特許で技術の独占が出来ますが、製造技術は特許での技術の独占が難しいため、ブラックボックス化する必要があったのです。
ついに製造ラインの改造が終わり、工場を立ち上げる時が来たのですが、まだ自立面を平滑にする設備は完成していませんでした。
焼成炉の火入れ、昇温、乾燥炉の調整などは私が行い、自立面を平滑にする研磨設備は別部署の相棒が行ったのですが、その設備がトラブル続きで掛かりっきりになり、私は3日間、徹夜をしなければならない状況になりました。
64時間連続で寝ずに仕事をし続けたのは、後にも先にもあの時だけです。
正直、体力的には限界を超えていて、このプロジェクトを成功させたいという気力だけで仕事をしていました。
製品の立ち上げでは、窯から出てくるダミー製品が倒れ続けていたのですが、ダミー製品から製品に切り替わるとき、奇跡的に倒れが止まり、自立焼成された製品が出てきました。
まさに奇跡の朝でした。
そんなハッピーエンディングで劇的な開発をした防災平板瓦は、今でも日本一売れ続けています。
このときの経験と発想は、現在のタイルーフの開発にもつながっています。
今まで世の中に無かった製品や技術を世の中に出す苦労は百も承知です。
しかし、開発者が諦めたら、そこで物語は終わってしまいます。
これからのスタンダードな屋根材になると信じて、タイルーフを皆さんに知ってもらいたいと思います。
今回の特別編はこれで終わります
これからも、屋根コラムで後悔しない屋根材選びをするために、出来るだけ分かりやすさを心がけて科学的な根拠を持った情報をより多く発信していきたいと思います。
今回も数式などを用いたので、算数が苦手な方には嫌だったかもしれませんが、科学的なコラムを心がけておりますのでご了承ください。
屋根材の飛散は感覚的な問題ではなく、風圧力として定量的に評価することができます。実際の屋根に作用する風圧力については、下記のページで簡易的に確認することができます。
